名古屋高等裁判所金沢支部 昭和60年(ネ)73号 判決 1987年8月31日
控訴人
前川高亜希
控訴人
時田スミコ
控訴人
岩倉静一
控訴人
丹尾淑枝こと
丹尾みどり
右控訴人ら訴訟代理人弁護士
佐藤辰弥
同
折田泰宏
被控訴人
株式会社ジャックス
右代表者代表取締役
山根要
右訴訟代理人支配人
立浪繁
右訴訟代理人弁護士
前波實
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
一 控訴人らの主張
1 抗弁権の接続及び信義則違反について
(一) 原判決の評価
原判決は本件各売買契約と立替払契約とは別個の契約であるとし、両者に経済取引上の密接な関係が存在しても控訴人らの貴晶に対する抗弁を被控訴人に対して主張することは許されないとしているが、これは両者の契約の社会経済上の密接な関係を軽視し、両契約の関係についての法的評価を誤つたものである。
(二) 売買契約と立替払契約の一体性
(1) 信販会社と販売店との提携関係からみた一体性
信販会社と販売店との提携契約には次のような内容が記載されている。
(イ) 販売店の顧客に対する販売代金を信販会社が顧客に代わつて立替払すること
(ロ) 販売店が割賦販売する場合は信販会社の指定する契約書類を使用すること
(ハ) 信販会社は顧客とのトラブルに関係なく立替金を販売店に支払うこと
(ニ) 販売店が販売した商品の所有権は代金を立替払した信販会社に移転すること
このように、信販会社と販売店との間には、顧客が販売店との間で購入契約を締結した商品の代金について、信販会社指定の契約書類に署名さえすれば、その代金を立替払する義務があるとともに、当該商品の所有権を取得する関係が継続的に取り決められている。
消費者が信用で商品を購入できるのは、このような販売店と信販会社との間の基本的な提携契約が存在するからであり、しかも右提携契約が信販会社と顧客との立替払契約の重要な要素を規定しているのであつて、この点において、銀行から借金して物を買う場合と根本的に異なるのである。
販売店と信販会社は、商品販売の拡大と推進のために密接に提携し、協力関係を維持しながら発展し、消費者信用の重要な位置を占めるに至つている。
(2) 立替払契約からみた一体性
信販会社と消費者との契約書は基本的には消費者と信販会社との間の立替払契約を取り決めたものであるが、単にそれにとどまらず販売店と信販会社に関する事項を記載している条項が多い。
(イ) 商品購入契約と立替払契約は同一の契約書の中に渾然として記載されていること
(ロ) 信販会社が販売店に対して顧客の商品代金を立替払することについて顧客が承認する形式になつていること
(ハ) 売買契約は立替払契約の申込があつたときに成立するが、その効力は立替払契約が成立したときに発生し、立替払契約が不成立となつたときには売買契約も不成立になること
(ニ) 商品の所有権は販売店から立替払をした信販会社に移転し、顧客が立替払金を信販会社に完済するまでは保留されること
右のように、消費者と信販会社との間で取り交わされる契約書に販売契約に関する重要な事柄が明記されていることは、立替払契約が特定の販売店のためになされていることを示し、信販会社と販売店との制度的結合関係を示すものである。
(3) 立替払契約の締結過程における一体性
このような信販会社と販売店との一体性は立替払契約の締結過程においても強く現れている。
(イ) 販売店のセールスマンが信販会社指定の立替払契約書を持参して顧客と交渉し、信販会社と顧客との立替払契約を事実上成立させていること
(ロ) 販売店から顧客のクレジット申込の報告を受けた信販会社は、顧客に対し電話による形式的な事後確認をする程度で、顧客とクレジットに関する直接的な交渉はまつたくしていないこと
(ハ) 顧客の信用調査は、私的情報機関の情報のみに頼つており、信販会社が顧客の資産状態を独自に調査することはないこと
(ニ) 顧客からみると、販売店と区別された信販会社の存在が判然とせず、販売店において信販会社の業務をすべて遂行しているように思われること
(ホ) 信販会社の立替払は、いつ、どのようにして実行されているのかわからないままに、顧客は賦払金を返済している場合が多いこと
(ヘ) 顧客は、割賦販売で商品を買つたという意識はあるが、借金して商品を買つたという意識は少ないこと
右のように、商品の販売と同時に立替払契約が販売店によつて締結されるため、消費者である顧客は、販売店を当事者としてすべての契約をしているという認識しか持ち得ない。このように、立替払契約の成立過程においても信販会社と販売店は共同一体化しており、両者の独立性とか独自性は認め難い。
(三) 販売契約と立替払契約との関係の法的評価
(1) 販売店と信販会社は商品販売の拡大と促進に向けて密接不可分に結合しているが、このような結合関係からすれば立替払契約は、売買契約における代金支払の手段方法であり、売買契約の内容の一つであるとみることができ、信販会社と販売店は「共同の売主」と理解することができる。
すなわち、販売店は売買契約において主として商品の引渡義務を負担し、信販会社は販売代金の取立の権利を行使するというように、権利義務を内部的に分担しているのである。
立替払において販売店と信販会社が共同の売主であると認められる限り、売買契約と立替払契約はその成立・存続・履行について互いに牽連関係にあり、顧客が売主に対して有する売買契約上の抗弁権は信販会社にも主張することができるものであり、信販会社は独自の主体であることを理由にその主張を拒絶することはできない。
原判決は、本件各売買契約を公序良俗に違反するものとして無効としながら、信販会社の売買契約の内容の知・不知で立替払契約の無効・有効を分けているが、以上のような両契約の不可分一体性からいえば、信販会社の知・不知に関わりなく一律に無効としなければならないものである。
(2) 信販会社は、加盟店契約により密接不可分の関係に立つ販売店の活動により莫大な利益を享受している。
すなわち、立替払契約の締結手続の大部分を販売店が代行していることによつて、信販会社は人件費を始めとする経費を大幅に削減することができ、販売店から買主を紹介されることによつて、居ながらにして容易に顧客を獲得できる立場にある。
しかも、信販会社は、加盟店契約により継続的な関係を保つていることから販売店の信用状況や販売内容等を調査することは極めて容易なことであり、そのための法律経済面の顧問がおり、専門的な教養を備えた社員を擁しているし、あらかじめ加盟店契約締結時に販売店に保証金を提供させたり、損害の危険を立替手数料に転嫁することもできる。
これに対し、消費者は、販売店と単発的個別的に接触するだけであり、販売店の経営内容や商行為の内容などは知る由もないし、商品やサービスの内容を的確に理解検討しうる教養や法的知識などを有しないのが通常である。
したがつて、信販会社は、自らが利用する販売店が違法・不当な商行為をしないよう監視すべき信義則上の義務があり、このような義務を怠つておきながら、販売店の活動によつて大きな利益を得ている信販会社が、販売店の活動によつて損失が生じたときだけ別個の存在であると主張して損失を免れようとするのは、信義則に反するものであり、この点からも消費者の販売店に対する抗弁を信販会社に対して対抗することを許すべきである。
なお、原判決は、被控訴人が貴晶と直接加盟店契約を締結していなかつたことを理由に本件売買契約の仕組みを知りまたは知り得なかつたと断定している。しかし、被控訴人としては、加盟店契約を結んでいた相手方である日進商会を通じてその代理店にあたる貴晶の商法を監督すべきであつたし、これを尽くせば十分知り得たものである。被控訴人は販売店である貴晶を監督すべき義務を怠つて控訴人ら二三名について立替払をして本件ネズミ講の発展に寄与する結果となつたものである。
2 被控訴人の主張に対する反論
(一) 被控訴人は、過去の判例において売買契約と立替払契約の一体化を認めた事案は、善良な消費者を救済するためのものであつたと主張する。
しかし、判例が、販売店に対する抗弁を信販会社に対抗することを認めることによつて消費者保護の拡大を図つてきたのは、第一に売買代金の支払のためにクレジット契約が存在するのに、売買契約上主張できる抗弁を信販会社に主張できないのはおかしいという素朴な正義感であり、第二に前記のような販売店と信販会社との社会的経済的一体関係に基づくものであり、特に善良な消費者を保護するために理論構成をしたものではない。
(二) 次に、被控訴人は、控訴人らは印鑑売買の内容を知りながら不法な配当金の利得を得ようとして契約したのであるから、保護されるべき善良な消費者ではないと非難する。
しかし、ネズミ講は、一般人の射倖心を著しくかきたて必然的に破綻する運命にあり、結果的には極めて一部の者が得をするだけで控訴人らを含めて圧倒的に多くの者が元金さえも回復できない必然性を秘めているゆえに禁止されているのである。昭和五七年七月に発生した貴晶の本件商法が、わずか四か月後には約束どおり会員を勧誘しても還元金が入らなくなり、一〇六一名の加盟者がありながら約半年で事実上破綻したという実例がこのことを実証している。
控訴人らは、還元金の仕組みの説明を受けているが、それは販売店である貴晶が紹介販売システムを採用して、中間マージンや人件費、宣伝費等を極力節約することにより、新しい買手を紹介した控訴人らに一人につき一万円ずつを宣伝費として還元すると説明されたもので、不当な利得であることを窺わせる表現は一切なく、法的知識に乏しい一般人が疑いを持たず入会したとしてもそのことを責めることはできない。
さらに、控訴人らは、貴晶のいう最高六〇五万円から七〇万円までの還元金を受け取れるとの宣伝文句をそのまま信じて入会しているわけではなく、買手を紹介すれば一万円ずつ宣伝費が貰え、家計の助けになる程度のささやかな気持で本件印鑑を購入しているに過ぎず、このような者を不当な利得を得ようとした者と断定することはできない。
(三) 被控訴人は、本件印鑑セット代金一八万円は非常識な販売価格ではないと主張する。
しかし、訪問販売形態で一〇万円から二〇万円で販売しているのは、主婦や老人だけの家庭を訪問して「お宅の印鑑では倒産、流産、変死などの不幸を招く。この印鑑ならば必ず道が開かれる。」などと半ば詐欺恐喝まがいのセールストークを用いて販売しているもので、そのために高額の印鑑が売れているのが実情であり、そのこと自身正しい印鑑販売の姿とはいえないから、比較の対象とすべきでない。
(四) 被控訴人は、貴晶とは直接の加盟店契約をしていなかつたから貴晶の不法な契約内容は知らなかつたと主張する。
しかし、第一に貴晶は昭和五七年七月二二日に設立されたもので、被控訴人が昭和五六年九月から立替払していたというのは事実に反する。第二に被控訴人は、加盟店契約によつて加盟店となつていた日進商会を通じてその代理店である貴晶の信用状況及び販売内容を調査することができたのであり、これを知らなかつたというのは被控訴人の怠慢というほかはない。
二 被控訴人の主張
1 売買契約と立替払契約は別個の契約であり、クレジット社会といわれるほどにクレジットを利用して物品を購入する制度は社会に普及しており、販売店との売買契約とクレジットを利用する立替払契約が別個の契約であるとの認識は常識となつている。売買契約における抗弁を立替払契約に対抗できることにするかどうかは解釈論を超える問題であり、立法的に解決すべき政策の問題であつた。そのため本件契約以降である昭和五九年一二月に割賦販売法の一部が改正されて同法三〇条の四を新設して売買が商行為でない契約について抗弁が対抗できるようにしたものであり、本件に適用されないことは明らかである。
2 控訴人らは、消費者保護の観点から売買契約と立替払契約を一体として考えるべきであり、前者の契約が無効であれば後者の契約も無効とすべきであると主張するが、右の理論は、瑕疵のある商品を引き渡されたり、商品の引渡しを受けないまま立替払義務だけが残つたような場合の善良な消費者を保護するために考え出された理論であり、一体化論を適用した過去の判例の事案も善良な消費者を救済するためのものであつた。
3 しかし、本件事案は右のような消費者保護の理論を適用すべき場合とまつたく類を異にする。
本件は、控訴人らが貴晶と印鑑セットの売買契約を締結する際に、単に印鑑の売買だけでなく、三人の会員を増やし、会員となつた者が更に三人宛の会員を加入させ増やしていけば、最終的には配当金として最高六〇五万円ないし七〇万円の金員を受けられるとの内容の説明を受け、不法利得を得ることを目的として契約したものであり、これがネズミ講に該当するかどうかの判断は別として、一般的な社会常識を有する者であれば、右のような仕組みが不法利益を目的とした社会正義に反する内容であることは当然分かるはずである。
控訴人らは、右のような印鑑売買の内容を知りながら最終的には印鑑代金の負担を免れあるいは無限連鎖による不法な配当金を得ようとして契約を締結したのであるから、保護されるべき善良な消費者でないことは明らかである。
4 本件印鑑セットの一八万円という価格は非常識な販売価格ではない。最大手の印鑑訪問販売業者である日本聖印宝石では同一の印鑑を一九万円で販売している。
5 被控訴人は、昭和五六年一月七日、株式会社日進商会とクレジットの取扱契約を締結し、同年九月ころ貴晶が日進商会の代理店として登録されたため、以後貴晶の印鑑売買契約についての立替払契約をするようになつたが、控訴人らの印鑑売買の立替払契約も従前から貴晶との間に行つている印鑑売買の立替払の一つとしてしたもので、貴晶の取引の実情はまつたく知らなかつたものである。貴晶がネズミ講類似の印鑑販売を始めたのは昭和五七年六月下旬からであり、貴晶の立替払は本件以外にせいぜい十数件であつて売買代金額もまちまちであり、被控訴人は通常の印鑑売買の立替払契約として取り行つてきたものである。
6 本件は、右のように控訴人らにおいて貴晶の印鑑売買の仕組みを知り、不当利得を得る目的で契約をしておきながら、消費者保護の美名に隠れて、時価相当の印鑑セットを取得したうえで自己の責任を逃れようとするものであり、信義則あるいは禁反言の法理に背馳すること甚だしいものがある。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。
二そこで、抗弁について検討する。
1 本件各売買契約の効力について
控訴人らは、まず前提として、控訴人らと貴晶との間の本件各売買契約はいわゆるネズミ講の実体を備えるものであり、公序良俗に反し無効であると主張するのでこの点について判断する。
(一) 貴晶の印鑑セットの販売方法
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(1) 訴外高橋季男は、昭和五六年六月ころから「宝石印鑑の貴晶」の名称で印鑑の訪問販売業を営んでいたものであるが、昭和五七年六月二一日ころ、木部眞治、青山紘三、町田幸子とともに、商品販売促進のための方策として、「ジャパン・システム会」を作り、次のとおり運営していくことを決定した。
(イ) 右宝石印鑑の貴晶において、開運大吉印と称する印鑑の三本組セットを一八万円(ただし、クレジット契約により購入する場合は、二〇回の分割払で合計二〇万三四〇〇円)で販売する。
(ロ) 右印鑑セットの購入者は、入会金一〇〇〇円を支払えば右システム会の会員資格を取得するものとし、先に会員となつた者が先順位者(親会員)となつて後続の会員(子会員)三名を勧誘して入会させれば、広告宣伝費の名目で三名につき五万円(一人目一万円、二人目一万円、三人目三万円)の還元金を受領でき、更に右子会員三名が各別にこれに連鎖する三名の後続会員(孫会員)を勧誘入会させれば一五万円の還元金が受領でき、以下同様に五代目の子孫に相当する最高合計会員数三六三名に達したときは合計六〇五万円の還元金(還元率約四六パーセント)を受領できるものとする。
(ハ) 右印鑑セットの仕入価格は付属品込みで一万八〇〇〇円位で、通常の小売店での販売価格は五万円程度のものであるところ、通常の販売価格を越える分を運用して還元金の財源に充てる。
(2) その後、同年七月二二日、前記高橋を代表取締役、木部及び青山を取締役、町田を監査役として有限会社貴晶を設立したが、右高橋、木部、青山は同年六月二二日ころからそれぞれ原始会員となり、前記方式により会員(商品購入者)を募り、印鑑セット等の販売を拡大していつたが、右販売にあたつては、印鑑等のカタログを持参することもなく、商品自体よりもシステム会の仕組みを重点的に説明し、後続会員を勧誘すれば印鑑代金が只になるだけでなく、多額の還元金を取得できるなどと称して会員を拡大していつた。
(3) 貴晶はこのような商法により、一か月平均一〇〇名を越えるシステム会の入会者を集めたが、右システムによる運営(第一期と称していた)を入会者三四六名に達した同年九月三〇日で内容を一部修正し、以後は第二期と称して、還元金の額を子孫会員一名につき一万円、還元金を支払う子孫会員の範囲を四代目までの合計一二〇名とし、還元金支払最高額を一二〇万円に縮小し、更に第二期分入会者が五四八名に達した同年一一月一六日ころで再度修正し、以後第三期と称して、還元金支払最高額を更に七〇万円に縮小した。そして、昭和五八年一月二一日ころ、第三期分入会者が二五七名に達したところで右システムによる販売を中止したが、第二期、第三期においても、第一期以降の会員連鎖は続き、基本的な仕組みは従前とまつたく同様であり、具体的な会員の募集方法も、第一期同様還元金の支払の説明を中心とするものであつて、従前と変わらなかつた。
(4) 会員等から右システム会の説明を受け、印鑑セットの購入を勧誘された者も商品自体より宣伝費名目の還元金にひかれて購入し入会するものがほとんどであり、そのためもあつて購入者が代金を現金で支払うことはほとんどなく、原則として被控訴人などの所謂信販会社に立替払させることとされていた。
(5) 控訴人らの本件各売買契約も右のような仕組みの取引の一環として貴晶から印鑑セットを購入する契約を締結するとともにシステム会(第一期)に入会し、貴晶を通じて被控訴人との間で立替払契約を締結したものである。
以上の事実が認められるところ、<証拠>によれば、貴晶が販売した印鑑セットと同一のものを訪問販売業者において一四万円ないし二〇万円で販売している事例があることが認められるが、右価格が適正な取引価格であることを認めるに足りる証拠はなく、右<証拠>によれば、貴晶は、一万八〇〇〇円程度で仕入れ、一八万円で販売すれば、第一期の還元金約四六パーセント、信販会社に対する割賦手数料や事務所の賃料、人件費その他の経費を控除してなお一〇パーセント程度の利益が出るものと計算していたと認められるから、右印鑑セットの通常の小売店での販売価格は五万円程度と認めるのが相当である。
(二) 本件各売買契約の効力
(1) 前記認定事実によると、貴晶と控訴人らとの間の本件各売買契約は、次のような二つの契約の合体したものと認めるのが相当である。
(イ) 貴晶が売主となつて、買主である控訴人らに対し、印鑑セットを代金五万円(通常販売価格)で売り渡す旨の通常の商品売買契約
(ロ)(a) 右買主が一〇〇〇円の入会金を支払つて、売主が運営するジャパン・システム会に入会し、
(b) 右会員となつた買主が商品購入の際前記代金五万円のほか、代金名下に更に一三万円(合計一八万円)の原資を売主に支払い、売主は、右買主が後続の商品購入者を勧誘すれば、一定割合の配当金(第一期分として最高限六〇五万円)を買主に支払う
旨の連鎖型(ネズミ講式)金銭配当契約
(2) そして、前記認定事実によると、本件金銭配当契約は、連鎖型金銭配当組織の一環としてなされたものであり、代金一八万円を負担とする購入者が無限に増加することを前提とし、先順位の購入者が後順位の購入者の購入代金名下に提供された原資から自己が支出した原資以上の金銭の配当を受けることを目的とした仕組みであつて、商品の販売に名を借りた金銭配当組織であり、無限連鎖講の防止に関する法律により禁止された無限連鎖講の実体を備えるものと解するのが相当である。
そうすると、控訴人らと貴晶との間の本件各売買契約のうち、印鑑セットについての販売価格五万円とする通常の売買契約の部分は有効であるが、右金銭配当契約の部分については、無限連鎖講を禁止した法の趣旨に反する極めて射倖性の強い反社会的な契約というべきであるから、この部分は公序良俗に反する無効なものと認めるのが相当である。
控訴人らは、右契約は全体として無効であると主張するが、右通常の売買契約の部分については、現実に控訴人らは貴晶から印鑑セットの引渡を受けており、しかも右印鑑セットはその本来の用途に従つて使用しうるもので、対価としても五万円は相当である以上、私法上有効なものと認めるべきである。
2 本件各立替払契約の効力について
(一) まず、控訴人らは、本件各売買契約が公序良俗に反して無効であることを知り、または容易に知りうる立場にあつて、ネズミ講の出資金の実質を有する本件各売買代金について本件各立替払契約を締結したものであるから、本件各立替払契約自体も公序良俗に反して無効であると主張するので、この点について判断する。
(1) 貴晶と控訴人らとの間の本件各売買契約中、通常の売買契約の部分が有効であることは先に示したとおりであり、右通常の売買契約部分の代金支払を目的とする被控訴人と控訴人ら間の本件各立替払契約の部分が有効であることは論を俟たない。
(2) そして、貴晶と控訴人らとの間の前記契約中、金銭配当契約部分は公序良俗に反して無効であるから、被控訴人においてその事実を知りながら、右無効な契約の履行(立替払)を目的として立替払契約を締結した場合は、右立替払契約は公序良俗に反する金銭配当契約の履行を支持・助長することになつて、それ自体公序良俗違反性を帯び、これも同様の理由で無効とすべきものである。
(3) 被控訴人は、貴晶・控訴人ら間の売買契約と、被控訴人・控訴人ら間の立替払契約は、主体の異なる別個の契約である旨主張するが、右のような場合にまで、前者を無効としながら、後者を有効とし、その権利行使を容認すれば、結局公序良俗に反する前者の契約の効果を実現・享受せしめることになつて、その結果は民法九〇条の趣旨に反することになるから、契約としては別個であつても、後者の契約につき反公序性の主張をすることは許されるというべきである。
(4) 被控訴人は、更に、本件各立替払契約には「商品の瑕疵故障等については、購入者と販売店との間で処理されるものとし、購入者はこれを理由に被控訴人に対する支払を拒めない」旨のいわゆる抗弁権の切断条項がある旨主張し、<証拠>によると、本件各契約書第八条には右趣旨の条項があることが認められる。しかしながら、右条項を、貴晶と購入者間の契約が法によつて禁止された公序良俗に反する無効のものであつても、そのことを知りながらなしたその契約の履行(立替払)を目的とする契約については、購入者は無効を主張しない旨の特約とするならば、結局反公序性の契約を容認し、その効果を実現せしめるための特約ということになり、その特約自体の反公序性が問われなければならない。そして、公序良俗に反する契約について、当事者は公序良俗に反するとの主張をしない旨の特約を付加しても、その特約自体が公序良俗に反し無効とすべきことは自明の理であるから、その趣旨で右抗弁権切断条項は無効というべく、被控訴人の主張は採用できない。
(5) そこで、被控訴人が本件各立替払契約を締結する際、貴晶と控訴人ら間の本件各売買契約がいわゆるネズミ講の実態を有することを認識していたか否かについて検討するに、被控訴人が右認識を有していたと認めるに足りる証拠はない。
かえつて、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(イ) 被控訴人はその本社において、昭和五六年一月七日、印鑑の卸業者である株式会社日進商会との間に、同商会が、ショッピング・クレジットの取扱を希望する同商会の商品の取扱店のうち同商会が承認した取扱店を被控訴人に推薦し、被控訴人はこれをショッピング・クレジット取扱店として登録し、右登録店の顧客に対し被控訴人が分割払の信用を供与する旨のショッピング・クレジット制度の取扱に関する契約を締結した。なお、右契約において、登録店に対する右制度の説明・指導ならびに監督は、主として日進商会が行うものとされていた。
(ロ) 昭和五六年九月ころ、福井市の「宝石印鑑の貴晶」が日進商会の取扱店として推薦され、被控訴人の登録店となつたため、貴晶のなす取引についても立替払をするようになつたが、その後一年間で二六件程度の取引しかなく、印鑑販売代金も二万円代から一九万円までまちまちであり、本件のシステム会関係と思われる一八万円のものは七、八件位しかなかつた。
(ハ) 被控訴人と貴晶との契約は被控訴人の本社扱いであつたため、貴晶のなした売買契約に関する立替払契約書は、貴晶から日進商会、被控訴人の本社を経由して福井営業所に送られて同営業所で処理され、立替金も同営業所から日進商会に支払われていた。
(ニ) 被控訴人は、貴晶から立替払の依頼があると、社内の資格基準に従つて顧客の勤務年数、年齢、居住期間等を審査し、電話で顧客の意思を確認したうえで、立替払契約に応じていたが、貴晶から資格基準に合致しない申込が増えてきたため、登録後一年位で事実上取扱をしなくなつた。
(ホ) その後、被控訴人は取引先から貴晶の販売方法を聞く機会があつたが、本件各立替払契約をした当時は、貴晶からも販売方法の説明もなく、それまでと同様通常の印鑑の売買と信じていたし、控訴人らに架電した際も貴晶との取引の実態を知らされたことはなかつた。
(6) 右認定事実によれば、被控訴人が貴晶の本件取引の実態を認識していたとは認められず、また、被控訴人がその取引に疑問を持たなかつたとしても、これを非難することはできないものというべきである。そして、右悪意は、立替払契約の反公序性判断の中心となるべきものであるから、本件において被控訴人に悪意が認められない以上、本件各立替払契約を公序良俗に反するものとみることはできない。控訴人らは、貴晶と被控訴人との関係からみると、被控訴人は貴晶の本件取引の実態を認識し得べきであつたと主張するが、過失があるにせよ、その点の認識がない以上、一応別の契約である本件立替払契約が公序良俗に反し無効になるとまでいうことはできないから右主張は理由がない。ほかに、本件各立替払契約自体が公序良俗に反すると認めるべき事情も窺われないから、控訴人らの主張は採用できない。
(二) 次に、控訴人らは、本件各立替払契約がそれ自体として無効でないとしても、貴晶と被控訴人は社会的経済的に極めて密接な関係にあるから、「共同の売主」というべきであつて、被控訴人の本訴請求に対し、貴晶に対し主張しうる抗弁を対抗することが許されるべきであると主張する。
確かに、控訴人らが主張するように、クレジット取引においては、加盟販売店と信販会社との間に継続的な提携関係があり、契約内容においても目的拘束性があり、加盟店において立替払契約も同時に締結するなど契約締結過程における一体性も認められ、両者の経済的牽連関係を否定することはできず、購入者にとつても、売買代金の分割払と実質的に異ならないともいえ、そのような実態を背景として昭和五九年法律第四九号によつて割賦販売法の一部が改正され、三〇条の四を新設し、割賦購入あつせんについて一定の場合に売買契約上の抗弁の対抗を認めることによつて消費者の保護をはかつたものであるが、本件取引(控訴人丹尾については昭和五七年八月二〇日、同前川については同月二四日、同時田については同年九月二〇日)は右改正法の施行前に行われたものであるからその適用がないことは明らかである。
また、立替払契約は売買契約と主体の面においても内容においても別個の契約であり、信販会社等の信用供与者と販売店との関係も一律ではなく、常に販売店を監督し、その取引の実態を把握しうる立場にあるともいいがたく、信販会社等の側からみれば、消費者が商品を購入するにつき金融をしているにすぎないとみることもでき、他方消費者の側においてもこれを利用することによつて現金で一時に支払うことなく比較的高額の商品を入手できる利益を得ているのであつて、三者の関係にかかわりなく、当然に売買契約上の抗弁を信販会社等に主張できると解することは相当でないというべきである。
(三) 更に、控訴人らは、信販会社と販売店が密接不可分の関係にあることに加えて、信販会社は販売店の活動によつて利益を得ており、販売店の状況を容易に把握し得る立場にあること等を論拠に、信義則上消費者の販売店に対する抗弁を信販会社に主張することを許すべきであると主張する。
そして、信販会社と販売店が継続的に取引関係を持ち、相互に経済的利益を享受していること、信販会社は、消費者に比べて、販売店の実情を把握し易い立場にあることは控訴人らの主張するとおりである。したがつて、信販会社が、提携関係にある販売店の行為によつて消費者に損害を与えることのないように販売店を監督することが期待されるとしても、本件の場合、先に認定したとおり被控訴人は、貴晶からも控訴人らからもその販売方法について説明を受けたこともなく、また取扱件数も少なく、それまでの通常の印鑑販売に比べ、価格的にも数量的にも急激な変化があつたわけでもなく、被控訴人において、本件の販売行為が公序良俗に反するものであることを知りうべき状況にあつたものとは認められないから、被控訴人に貴晶の販売方法を監督すべき具体的な信義則上の義務が生じていたものとはいいがたい。
このような事実関係のもとでは、被控訴人の本件立替金の請求を信義則に反するものということはできず、他に本件請求を否定すべき事情も認められない。結局、控訴人らの抗弁はいずれも採用することはできない。
三よつて、被控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきであり、右同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官井上孝一 裁判官井垣敏生 裁判官紙浦健二)